目標設定と評価責任者の任命
ワーケーションの制度改善・効果検証
ワーケーションを取り入れる際は、新規ルールの設定やリスク管理など、多岐にわたる準備が求められます。しかし、どんなに入念に準備しても、実際に実施してみないと気づけない問題が出てくることがあるかもしれません。ワーケーション制度を単に設けるだけでなく、従業員に継続的に利用してもらうには、現れた問題を順次解決していくことが重要です。
また、経営者の視点から考えると、ワーケーション制度を使いやすくすることのみならず、制度導入によるメリットや、目的達成の有無も評価する必要があります。この記事では、ワーケーション導入後に行うべき、制度の改善や効果検証について解説します。
ワーケーションの目標設定
ワーケーションにおいては目標設定と評価責任者が肝となります。ワーケーションの目標設定とは、「ワーケーション導入においてどのようなことを達成したいのか」を明文化することです。こちらの記事では、ワーケーションの目的を明確化することの重要性についてお話ししています。
例えば観光庁では、ワーケーションを導入するメリットとして以下のようなことを挙げています。これらを参考にしながら、自社のワーケーション導入目的に基づいて具体的な目標設定を行いましょう。
企業側のメリット
- 仕事の質の向上、イノベーションの創出
- 帰属意識の向上
- 人材の確保、人材流出の抑止
- 有給休暇の取得促進
- CSR、SDGsの取組みによる企業価値の向上
- 地域との関係性構築によるBCP対策
- 地方創生への寄与
従業員側のメリット
- 働き方の選択肢の増加
- ストレス軽減やリフレッシュ効果
- モチベーションの向上
- リモートワークの促進
- 長期休暇が取得しやすくなる
- 新しい出会いやアイデアの創出
また、目標はできる限り具体的に設定することが大切です。例えば「人材の確保、人材流出の抑止」「有給休暇の取得促進」といった目標を掲げるのであれば、現状の数値を明確にし、具体的な目標数値と達成期限を定めましょう。ワーケーション制度を段階的に導入する際は、中期目標を設定することも効果的です。
数値化が難しい「帰属意識の向上」「ストレスの軽減やリフレッシュ効果」といった目標は、ワーケーション導入前後のアンケート調査を通じて評価すると良いでしょう。例として、第三者機関による「ストレスチェックテスト」や「エンゲージメントテスト」を実施することも、これらの効果を客観的に測定する手段となります。
評価責任者の任命
具体的な目標を設定した後は、評価責任者を任命しましょう。この評価責任者の主な任務は、ワーケーション導入プロジェクトの成果を評価することです。導入後の効果を計測し、利用者からのアンケートを収集することで、設定した目標が達成されたかどうかを判断します。目標達成に至らなかった場合は、その理由を特定し、改善策を講じる必要もあるでしょう。
評価責任者としては、人事部門、労務部門、あるいは総務部門の従業員が候補になり得ます。これらの部門の従業員は、「人材の確保や流出防止」「有給休暇の促進」といった項目や、「仕事の質やモチベーションの向上」「ストレス軽減とリフレッシュ効果」のような「働きやすさ」に関連する事項に詳しい人材が多く、適切な評価を行えると期待できるからです。
その他、評価責任者はワーケーションの対象部門の従業員からも選出することが可能です。制度の直接的な利用者や、利用者を管理する立場の管理者であれば、より実態に即した評価が期待できるでしょう。
ワーケーションの導入責任者を選ぶ際と同じように、評価責任者に過度の負担がかからないようにすることも重要です。ワーケーション制度の導入が初めてである場合は特に、負荷が重くなり過ぎないように適切な作業分担や協力を心がけましょう。
PDCAとワーケーション
ワーケーションの制度の導入・定着には、PDCA管理手法を用いることが有効です。「PDCA」とは「Plan・Do・Check・Action」の英単語の頭文字を取ったもので、業務やプロジェクトを継続的に改善するために利用されています。
- P=Plan(計画)
- D=Do(実行)
- C=Check(評価)
- A=Action(改善)
では、ワーケーションにおいてはどのようなPDCAが考えられるでしょうか。
- Plan(計画)…ワーケーション導入段階の計画を立てることです。具体的には、「ワーケーション事前準備」や「ワーケーション基本方針策定」などにあたります。また、導入後の改善案の策定などもPlanに含まれます。
- Do(実行)…ワーケーション制度の運用を開始し、実際に従業員が制度を利用することです。また、改善案をもとにルールを改定したり、運用方法を変更したりすることも含まれるでしょう。
- Check(評価)…ワーケーションの効果を評価することです。ワーケーションの導入目的を達成できたかどうかを、具体的な数値データや従業員に対するアンケートなどをもとに判断します。
- Action(改善)…ワーケーション制度をより使いやすく、効果の高いものにするためにルールの見直しをしたり、実施後に明らかになった問題点や課題点を解決したりすることです。
このPDCAサイクルを何度も回すことで、ワーケーション制度が従業員にとってより使いやすいものとなり、利用者の増加や制度の定着につなげることができます。ここからは、上記のPDCAサイクルのうち、特に「Check(評価)」および「Action(改善)」の具体的な方法について解説します。
ワーケーション導入による定量効果と定性効果
「定量的」と「定性的」
ワーケーションの導入効果を評価する際は、「定量的」と「定性的」の両方の視点が大切です。「定量的」とは数値や数量で評価すること、「定性的」とは数値化できない質的な部分を評価することを指します。どちらの評価方法を採用するべきかは、評価する項目によって異なります。定量評価・定性評価の両方を組み合わせて評価するべき場合もあるでしょう。
例えば「ワーケーション導入のメリット」について、適している評価方法を考えてみましょう。
✔ 定量的な評価をしやすい効果の例
- 人材の確保や人材流出の抑止
- 有給休暇の取得促進
- リモートワークの促進
- 業務効率の向上
✔ 定性的な評価をしやすい効果の例
- 仕事の質の向上
- モチベーションの向上
- ストレス軽減やリフレッシュ効果
- イノベーションの創出
- CSR、SDGsによる企業価値の向上
- 帰属意識の向上
- 地域との関係性構築・地方創生への寄与
それでは、定量的な効果と定性的な効果について、詳しく見てみましょう。
定量的な評価の例
数値化しやすい以下のような目標は、定量的な評価が適しています。
- 人材の確保や人材流出の抑止
- 有給休暇の取得促進
- リモートワークの促進
- 業務効率の向上
「人材の確保や人材流出の抑止」という目標であれば、ワーケーション導入前後での採用倍率や離職率を比較することで効果を測定できるでしょう。採用倍率の増加や離職率の減少と、ワーケーション制度の導入の因果関係をより明確にするには、社員に対してアンケートを実施することも有効です。例えば新入社員に対して入社理由についてのアンケートを行ったり、離職者の退職理由を調査しデータとしてまとめたりするとよいでしょう。入社理由に「ワーケーションが可能なこと」や「働きやすさ、働き方の柔軟さ」などが挙げられれば、あるいは「労働環境が悪い」「休暇を取れない」といった退職理由が減少すれば、ワーケーションの効果があったと考えられるでしょう。
「有給休暇の取得促進」および「リモートワークの促進」という目標も、定量評価が適しています。ワーケーションの導入対象となる部署での有給取得日数や、リモートワークの実施日数を記録し、それぞれ増加しているか検証すると良いでしょう。
「業務効率の向上」という目標についても、「業務の成果を労働時間で割る」ことで算出し定量的に測定することで、ワーケーションの効果があったのかを評価できるでしょう。例えば、カスタマーサポート部門の1日当たりの対応件数、営業部門のアポイントの獲得件数などを「成果」として、オフィス勤務時とワーケーション時の数値を比較することも可能です。
もちろん、全ての部門で業務成果を具体的な数字で示すことが常に可能であるとは限りません。成果を数値化するのが難しい場合は、業務に費やす時間を比較することにより、効率を測定することができます。方法としては、通常オフィスで行う業務をタスク単位に分け、それぞれのタスクに要する時間をリストアップします。その後、ワーケーション中に同じタスクを行った際にかかった時間を記録し、その時間を比較します。この比較を通じて、生産性の変化を客観的に評価することができるでしょう。
定性的な評価の例
また、以下のような目標は、定性的な視点から効果を判断することが適しています。具体的には、ワーケーション利用者やその管理者に対してアンケートを行うとよいでしょう。
- 仕事の質の向上
- モチベーションの向上
- ストレス軽減やリフレッシュ効果
- イノベーションの創出
- CSR、SDGsによる企業価値の向上
- 帰属意識の向上
- 地域との関係性構築・地方創生への寄与
このように、ワーケーションの導入効果を測定する際には、目標に応じて定量評価と定性評価の両方を活用することが可能です。また、1つの評価項目に対して、定量的な側面と定性的な側面の双方から分析を行うこともできます。
例えば「業務効率」という項目に関しては、上記で述べた定量的な視点からだけではなく、定性的な視点からも考えることができます。ワーケーション利用者に対して「仕事のパフォーマンスの向上」や「業務のスムーズな進行」を実感したかと尋ねたり、管理者に対して「ワーケーション利用者の業務遂行状況」や「生産性の変化」に関するアンケートを実施したりすることで、定性的な効果を測定することが可能でしょう。
定量評価は数値を用いることで客観性を確保しやすく、理解しやすいというメリットがありますが、数値化できる要素には限界が存在します。一方、定性評価では、従業員のモチベーションや職場の働きやすさといった数値では表現しにくい要素を捉えることができますが、客観性が低下する可能性があります。これら定量的な評価と定性的な評価を適切に組み合わせることで、より全面的な効果測定が可能になるでしょう。
ワーケーション導入結果アンケート
さて、ワーケーション導入後に行うべきアンケートは、主に以下の3種類が挙げられます。ここからは、それぞれのタイプのアンケートについて詳しく解説していきます。
ワーケーションの効果について
1つ目は、ワーケーション利用者とその管理者に対して、ワーケーションの効果について問うアンケートです。ワーケーション実施による定性的な効果を測定するものであり、各目標に対して以下のような質問が考えられます。
それぞれの項目に対して、「はい/いいえ/どちらでもない」の選択肢を用意するか、1〜5などのスコアをつけてもらうとよいでしょう。具体的な意見を集めて制度の改善につなげるために、どちらの場合であっても「なぜそう思うか」を問う自由記述欄を設けることが大切です。
ワーケーションの導入が、「CSRやSDGsによる企業価値の向上」や「地域との関係性構築・地方創生への寄与」にどう影響するかを評価する際には、社外の視点も取り入れるとよいでしょう。例えば、「CSRやSDGsによる企業価値の向上」を測定するには、株主や利害関係者からのフィードバックを収集することが有効です。また、CSRやSDGsに関する第三者機関の評価も貴重な参考情報となり得ます。
また「地域との関係性構築・地方創生への寄与」に関しては、ワーケーションを「サテライトオフィス型」「合宿型」「地域課題解決型」といった異なる形態で実施した場合に特に考慮すべきです。この目標の評価には、ワーケーションが行われた地域の人々や施設で働く人々へのアンケート実施が効果的です。さらに、地域プロジェクトへの参加度合い、地域の企業や住民との交流の頻度、仕事や観光などで地域を訪れる「交流人口」や、地域と多様な関わり方をする「関係人口」の変動データも、評価において重要な指標となります。
ワーケーション制度の使いやすさ・ルールについて
2つ目は、ワーケーション制度の使いやすさやルールについて問うものです。以下のような項目について自由記述形式でアンケートを行い、利用者・管理者の視点から見た率直な意見を知ることで、制度・運用ルールを改善して今後の定着を図ることができるでしょう。
ワーケーション制度の導入について
最後に、全従業員を対象にしたワーケーション制度導入についてのアンケートです。ワーケーションの未利用者や、制度の適用対象外の部門の従業員も含めて意見を聞くことで、ワーケーション制度の導入に対する全社的な意見を把握できるでしょう。
- ワーケーション制度が導入されたことに肯定的か、否定的か
- 今後、ワーケーション制度を利用したいと感じるか
- ワーケーション制度を利用しやすいと感じるか
- チーム内にワーケーションを利用した従業員がいた場合、それにより普段
- の業務遂行に影響があったか
- ワーケーション適用対象外の部門の場合、その理由に納得できているか。
- また、働き方について満足できているか
上記のような質問項目を設け、今後の制度改善やそれぞれの設問において「なぜそう思うのか」という回答理由も書いてもらうようにしましょう。
また、アンケート結果は、集計して今後のワーケーション制度の改善に利用するだけでなく、従業員に対して提示することも大切です。ポジティブな意見・ネガティブな意見の両方を公表し、改善策を提案することで、制度の定着や利用者の増加を目指すことができます。
ワーケーション導入後の改善案
ワーケーション制度を成功させるためには、その規定や運用方法を見直し、改善していくことが不可欠です。ワーケーションを実施した後、上述tの定量的・定性的な効果測定や、制度の使い勝手やルールに関するアンケート結果を基に、制度の改善に取り組みましょう。改善プロセスは、以下のステップで進めます。
- 効果やアンケート回答の集約・可視化
- 原因分析
- 改善案の立案
- 改定点の周知
効果やアンケート回答の集約・可視化
最初のステップは、ワーケーションの効果や実施後のアンケート結果の集約・可視化です。従業員全体の意見を客観的に共有できるように、定量的・定性的な効果測定の結果や、従業員からのアンケートをまとめましょう。まず、ワーケーションの利用者数や利用者の所属部門、利用期間などを集計します。次に、「人材の確保や流出の抑止」「有給休暇の取得・リモートワークの促進」「業務効率の向上」といった定量的に測定できる項目をまとめ、目標数値に達しているかを確認しましょう。
また、定性的な評価も参考にするために、従業員へのアンケート結果について、スコア形式での回答であれば平均を算出したり、自由記述形式であれば回答をいくつかのパターンに分類したりしましょう。わかりやすい形にまとめることで、個々の回答から全体的な意見を把握することができるはずです。
原因分析
効果やアンケート結果をまとめたら、次は原因分析を行いましょう。特に目標を達成しなかった項目については、アンケートをもとになぜそのような結果になったのかを追求します。大切なことは、目標未達の理由とワーケーション制度導入の因果関係を明らかにすることです。例えば「人材の確保や流出の抑止」という目標が達成できなかったとしても、社会的な人手不足や給与体系、人間関係など、ワーケーション制度以外の要因が影響している可能性もあります。また、繁忙期には「有給休暇の取得・リモートワークの促進」という目標を達成することが難しい場合もあるでしょう。
複数の原因が考えられる場合には、異なる時期や期間、異なる部門でワーケーションを実施し、その結果を比較することで明らかにできる場合もあるかもしれません。
改善案の立案
原因分析を終えたら、そこで浮かび上がった課題や問題点を改善するための案を考えましょう。例えば下記のような事例が考えられます。
- 課題:そもそもワーケーションの利用者が少ない・制度が定着していない
- 原因:ルール・規定がわかりにくい
- 改善策:規定書の文章の書き換え・従業員から寄せられた質問を集約したQ&Aの作成・専用問い合わせ窓口の設置
改善案の立案にあたっては、利用者の声を参考に1つずつ対応していくことが大切です。また、あくまでワーケーションは「企業としての目標を達成するための手段」であり、「制度を導入すること」自体が目的ではないということも忘れてはなりません。ワーケーションが期待した効果をもたらさない場合は、その制度を見直し、必要に応じて撤廃するという選択肢も上がってくるかもしれません。ワーケーションの運用にあたっては「制度の導入によって何を実現したいのか」という目的意識を持ち続けることが不可欠です。
改定点の周知
改善案を検討した上でワーケーション制度の改定や変更が決まった場合、従業員に対してその内容を知らせましょう。具体的な変更点やその理由を、ポータルサイトや社内報などで共有します。また、ワーケーションの実施の際に従業員から質問が寄せられた場合は、その回答内容もマニュアル等に掲載しましょう。
以上のような4ステップで、ワーケーションの目的を達成するために最適な改善策を実現できるでしょう。
経営戦略としてのワーケーション
最後に、経営戦略としてのワーケーションについて考えてみましょう。ワーケーション導入にはさまざまな効果が挙げられますが、これらは経営戦略としても活用できるものです。観光庁が「企業のワーケーションの導入の目的と期待」という調査を行った結果、以下のような傾向が明らかになっています。
ワーケーションを導入する企業が多く目指す「従業員の心身のリフレッシュによる仕事の品質と効率の向上」と「多様な働く環境の提供」という目標は、労働者の満足度と生産性を高めることに直結しています。心身がリフレッシュされることで、創造性やモチベーションが向上し、結果として業務の効率や品質が高まる可能性があります。また、異なる環境で働くことは、新たな視点やアイデアを生み出す刺激となり得るでしょう。
「優秀な人材の雇用確保」と「優秀な新卒社員や若手社員の採用および定着率の向上」についても、多くの企業が狙いとしています。特にワークライフバランスを重視する傾向がある若手社員にとって、柔軟な働き方を提供するワーケーションは魅力的な制度となるでしょう。また、「有給休暇取得率の向上」は、従業員のウェルビーイングの向上に寄与し、長期的には企業の生産性や優秀な人材の定着率にも好影響をもたらすと考えられます。このような視点から見ると、ワーケーションは戦略的な人材マネジメントとしても機能すると言えます。
さらに、「コワーキングスペース等での他企業、他業種との情報交換や人脈形成」「地域関係者との交流による地域の課題の発見・解決による、地域活性化への貢献」に見られるように、人脈形成やエンゲージメントの向上、地域課題解決などといった、自社のビジネスの成長に活かすことを期待している企業も少なくありません。
経営戦略という視点から考えると、ワーケーションの効果やメリットをよりイメージしやすくなるでしょう。
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