ワーケーションを実施するための事前準備
様々な事前準備項目
ワーケーションを正式に導入することが決まったあとはどうすればよいのでしょうか?社内および社外への告知、社内稟議、セキュリティ対策準備、ICT環境準備、労務管理、人事評価など、数多くの準備事項が考えられます。この記事では、必要となる事前準備ついて詳しく解説していきます。
ワーケーション実施の意思表示
ワーケーションの実施を社内外に宣言しよう
導入検討が終了し、ワーケーション制度を経営幹部に認めてもらったら、社内外に対してワーケーション実施の意思表示を行いましょう。この段階では、導入の判断関係者だけでなく、より広範な対象に告知することが重要です。最近では、ワーケーションとSDGsを関連させた対外的なリリースを打つケースも増えてきています。ワーケーション制度の導入は、まさにSDGsの17の分野別目標の中で、特に8番目の目標「働きがいも 経済成長も」に密接に関わり合っているからです。
ワーケーション制度の導入について、企業によっては社内だけでなく、対外的にプレスリリースを打つこともおすすめです。こうした活動の告知が、企業のブランディングやリクルート活動の活性化に効果的に働く場合もあります。ワーケーションがスムーズに導入されれば、人材募集要項の福利厚生の1つとして明記することもできるでしょう。
ワーケーション制度の社内承認をもらうには?
ワーケーション制度の稟議書の書き方
多くの企業では、新しい備品を買ったり新しい制度を始めたりする時には、経営層や管理職層の承認を得るめに稟議書を上げることでしょう。ワーケーション制度を導入する際にも、この手順は変わりません。
以下に「ワーケーションの試行に関する稟議書」を紹介します。ここでは、ワーケーション制度の導入に向けて、人事部の部員が上司に稟議を上げる場合を想定しています。この稟議書には最低限入れるべき項目を記載しているので、各企業の使用に合わせて作成してみてください。
この稟議書には、ワーケーションに参加する人一人あたりの施設使用料が書かれています。もし移動にレンタカーを使う場合は、レンタカーの使用に関する別の申請書を提出し、レンタカーの料金、高速道路の料金、ガソリン代などの費用の見積もりも一緒に書く必要があるかもしれません。
最近は、電子ワークフローの稟議システムの導入も各企業で浸透しています。しかし電子ワークフローは手軽さの反面、説明不足になりがちです。特に新しいワーケーション制度のような場合は、稟議書だけでなく、追加の資料を用意したり、直接上司に説明したりするとよいでしょう。
稟議書における経理説明は詳細に
稟議書での経費に関する部分は、特に細かく説明すると良いでしょう。たとえば、午前中に仕事をして、午後からは私用として隣町でヨガや釣りなどのアクティビティを楽しむ予定であるとしましょう。そのような場合、細かい項目であるとしても、アクティビティ施設への交通費を自分で払うのか、それとも会社が負担するのかを事前に明記しておくとトラブルを避けることができます。
稟議書における経費といえば業務に関連した費用であり、会社が全額を負担するのが一般的です。しかし、ワーケーションにおいては仕事と休暇の区別が曖昧になり、経費面でも業務用と私用が混同されてしまうケースもあります。新しい制度を導入する際には、可能な限り不明瞭な部分に対して事前説明を行うことが、トラブルを防ぐ上で非常に重要です。
ワーケーションとICT環境
ICTの浸透によるワーケーションの普及
テレワーク急速な普及には、ICT(情報通信技術)の進展が大きな役割を果たしました。ICTが浸透したことで、業務に必要なデータをクラウドに保存できるようになり、日々の仕事や会議をオンラインで行うことが可能になりました。書類の電子化や稟議・決裁業務のペーパーレス化も進んでおり、例えば資料作成や押印のためだけにオフィスに向かうといったケースも減ってきている事でしょう。ワーケーションもまた、ICTの普及によって各企業が手軽に試すことができるようになりつつあります。
ICT環境の構築とセキュリティ
ICTの普及により、インターネットさえあれば、世界中どこからでも業務データにアクセスしたり、社内外の人々とコミュニケーションを取ることが可能になりました。一方、ワーケーションを実施する際には、ICT環境の構築コストやセキュリティが重要な懸念点となります。
ワーケーションに必要なICT環境は、テレワーク環境とあまり変わりません。しかし、1点大きく異なるのは、テレワークの仕事場は自宅(あるいはサテライトオフィス)に固定されているのに対し、ワーケーションの仕事場はホテルや保養施設、研修施設など様々であるということです。多様な場所におけるICT環境構築については、柔軟な準備を行う必要があるでしょう。
ワーケーションに必要なICT環境には、以下のようなものがあります:
- Web会議システム…他の社員や取引先とのオンライン会議システム
- ファイル共有システム…他の社員とファイルを共有するクラウドシステム
- 労務管理システム…リモートで勤怠管理できるシステム
PC・タブレット・業務用スマートフォンなど、紛失リスクがある機器には特に注意が必要です。最悪の場合に備えて、各機器にGPS管理できるツールを導入することも一つの案です。さらに、Wi-Fi環境にも要注意です。公共の場所で提供される無料Wi-Fiは暗号化されていない場合があり、セキュリティリスクが高いため、仕事用途での利用は避けるべきでしょう。具体的なセキュリティ対策については、こちらの記事でも詳しく解説しています。
労働時間の把握と管理
労働時間を客観的に把握するには?
ワーケーションを導入する際は、勤務時間の管理と評価方法が重要なポイントになります。お互いの姿が見えない状況では、会社は「従業員が決められた時間しっかり働いているか」、従業員は「自分の仕事が適切に評価されているか」を不安に思うかもしれませ。このような不安を解消するには、働いた時間を客観的に示す手立てが必要となります。
フレックスタイム制の活用
専門業務や企画業務など、労働者に時間配分等の裁量をゆだねる業務では、オフィス勤務時と同様に勤務時間を記録し、それに応じた給与支給を行うのが基本です。ワーケーションの実施を検討する際は、固定時間制ではなくフレックスタイム制を活用することで、状況に合わせた柔軟な運用が可能になるでしょう。
固定時間制とフレックスタイム制
- 固定時間制:1日8時間、1週間40時間以内の法定労働時間を守って働く制度。会社が定めた「1日実働8時間、9時から18時まで」といった勤務時間帯に沿って働きます。
- フレックスタイム制:一定の期間にあらかじめ決めた総労働時間の中で、従業員自身が自由に出退勤時刻や一日の労働時間を決められる制度。始業・終業時刻を自由に決められる時間帯(フレキシブルタイム)や労働者が必ず勤務すべき時間帯(コアタイム)が定められることが一般的です。
勤怠管理ツールの活用
テレワークが増えてきた今、PCやタブレット、スマートフォンなどで勤怠管理が行えるツールも多く登場しています。例えば、GPS機能のあるPCやスマートフォンと連携できる勤怠管理システムでは、外出先からの打刻や位置情報の記録が可能であるため、不正な報告を防ぐことができます。中には人事管理・給料計算システムと連動できるツールも存在し、企業規模や業種などに応じた様々な工夫がされています。
もちろん、電話やメールなどによって、勤怠を含めた詳細な日報をやり取りする方法もあります。日頃から従業員の業務の進捗状況や成果をこまめに把握しておけば、管理者はより正確な評価が行えるでしょう。ただし、通常の業務に加えて新しい負担が増えると、社員がワーケーション制度を利用するのに消極的になってしまうかもしれません。従業員と管理職双方の負担が増えないよう、バランスの取れた方法が必要です。
柔軟な勤怠・人事管理制度
企業によっては、ワーケーション中の細かい勤怠管理は行わない場合もあるでしょう。企業規模や経営方針によって対応は様々ですが、通常オフィスでの勤怠管理も大きく変革されている現代では、ワーケーション制度においても柔軟な勤怠・人事管理が重要視されています。
ワーケーションの労働法規
労働法に関する注意点
従業員がワーケーションを行う場合、通常のオフィス勤務や出張、テレワークと同様に、労働基準法、労働安全衛生法、労働者災害補償保険法などの労働法令が適用されます。会社にテレワークに関する規程がある場合は、それをワーケーションにも適用したり、適宜調整したりすることが可能です。
ただし、会社側が一方的に労働条件や給与を変更したり、就業規則を変更したりすることはできません。まずは、労労使双方の話し合いを通じて合意に達するのが一般的な手順です。また、設定された労働条件が労働法で定められた最低基準を満たしていない場合は、法律の定める基準が優先されます。
ここでは、労働基準法や厚生労働省のガイドラインを中心に見ていきましょう。労働時間を適正に保つこと、そして「労働時間と休暇時間の区別」「業務行動と業務外行動の区別」を明確にすることが大切です。
労働時間と休暇時間の区別
有給休暇とワーケーション
企業が有給休暇取得のハードルを下げ、従業員による取得率向上を目的として推進されるワーケーションは、「休暇型(福利厚生型)」と呼ばれます。通常の休日や有休休暇を取得してリゾート地や観光地に長期滞在し、合間に勤務日を設定してテレワークを行うというものです。
ワーケーションの種類については、こちらの記事でも詳しく解説しています↓
しかし「ワーケーションを導入すると、有給休暇中も仕事をさせることができる」と勘違いしてはいけません。有給休暇は「賃金の減収を伴わずに労働義務の免除を受けるもの」であるため、有給休暇中に仕事をさせることはできないのです。また、時間単位での有給休暇の付与は年5日の範囲内に限定されています。休暇の一部で仕事をする場合は、「ワーケーション(労働時間)」と「有給休暇(休暇時間)」の区別を明確にした上で、それぞれの日数・時間をカウントし、適切に運用する必要があります。
みなし労働時間制の適用要件
ワーケーションでは、従業員がオフィス外で働くため労働時間の管理が難しいという観点から、労働基準法38条の2に規定される「事業場外労働のみなし労働時間制(以下「みなし労働時間制」)の適用を検討する会社は多いでしょう。
しかし、みなし労働時間制の適用を受けるには、①事業場外で業務に従事し、かつ②会社の具体的な指揮監督が及ばず、労働時間制を算定することが困難な業務である、という要件があることには注意が必要です。つまりワーケーションでも、会社の具体的な指揮監督が及んでいる場合には労働時間の算定が可能な状態であるため、みなし労働時間制の適用はできません。現代のコミュニケーション手段を考えると、メールやチャット、ビデオ会議などを用いて上司の指示に従って仕事をしている場合は、みなし労働時間制の適用外となる可能性が高いです。
みなし労働時間制を適用しない場合
ワーケーションの際に「事業場外労働のみなし労働時間制」を適用しない場合は、厚生労働省が2017年1月に策定した「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」を遵守する必要があります。具体的には、以下のような規定があります。
- 使用者が自ら現認することにより確認すること
- タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎として確認し、適正に記録すること
また、やむをえず自己申告制で労働時間を把握する場合は、下記を遵守しましょう。
- 自己申告を行う労働者や、労働時間を管理する者に対しても自己申告制の適正な運用などガイドラインに基づく措置等について、十分な説明を行うこと
- 自己申告により把握した労働時間が実際の労働時間と合致しているか否かについて、必要に応じて実態調査を実施し、所要の労働時間の補正をすること
- 労働者の労働時間の適正な申告を阻害する目的で時間外労働時間数の上限を設定するなどの措置を講じないこと
業務行動と業務外行動の区別
ワーケーション中に事故などがあった場合、業務起因性、業務遂行性が認められれば業務上災害として労災保険給付対象となります。一方、私的行為が原因であれば業務上災害とはなりません。例えば移動経路上の駅や空港、食事場所や宿泊場所での災害や事故は業務遂行性が認められます。しかし、泥酔していた場合などは認められないこともあります。
特にワーケーションにおいては、通常の通勤に比べて労災が認められにくい可能性もあるので、事前に従業員による納得と同意を得ておく必要があります。業務遂行性が認められるのか、もしくは積極的な私用・私的行為・恣意的行為に該当するのかの判断が難しい場合は、専門家に相談することをお勧めします。
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